さあ、ゴールデンウィーク後半ですね。
昨日は、あまりの暑さにうんざりでした(笑)
所用で神戸まで行って来たのですが、袷の着物に羽織ではとても無理。
羽織だけでも涼しくと、絽の羽織を着ました。
その神戸では、すでに夏物の着物の方も多く、
着物も洋服同様に、気温や個人の感覚で着こなす方が多くなったのだなぁ〜。
そう思った愚僧です(^-^)/
さて先日、新規の檀家?になられるお宅にお伺いしました。
随分に喜んで頂け、御礼の電話まで頂きました。
殊に、愚僧の持参した小さな小さなお供物に感激されたようで、
繰り返しの御礼の言葉を頂きました。
本当に小さなお供物でしたので、愚僧の方が恐縮一杯でした(大汗)
仏教には、『三輪清浄』の言葉があります。
布施の有り様の事です。
布施をする側、される側、そしてその物。
この3つが、清浄でなくてはならないと言う事です。
布施には色々なものがありますが、
こだわりの無い、欲の無い、思いやりや温かさのこもった、
きれいな心からの施しでなくては、神仏には通じないのでしょう。
昔、「神仏には、一円が一万、一万が一円に見える事もある」
そう言われた事があります。
一粒の米で、千人の空腹を満たすと言われる神仏ですから、
布施の三輪清浄を見抜かれて居られるのでしょう。
日々の行いもまた、この三輪清浄を忘れぬように!
そう肝に銘じたい愚僧です。