宗教法人 地蔵院

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建国記念の日に、浅学無智な愚僧が思う事。

平成26年2月11日(火)


朝の冷え込みは、底冷えのようで一段と寒かったですね。
昼には、凄く強く吹く風が一段と寒さを感じさせました。
「 こんな寒さは嫌だぁ~ 」 独り言を繰り返す愚僧なのです(笑)

休日の今朝の当院周辺は、この曇天と寒さの厳しさで、平素の休日よりも一段と静かです。
愚僧も、久しぶりにスケジュールが空いた事を口実にノンビリ状態。
高齢の叔母と三匹の猫、そして愚僧・・・ノンビリ~ィの朝でした。

今日の休日は、<建国記念の日>です。
<建国記念日>ではなく、<の>を入れた<建国記念の日>
<の>の一文字で随分意味が違う?意味を違えた?ところに、感慨深いものを感じますね。

世界各国にも建国記念日がありますが、ほぼ神話的な事で記念日を定めているのは、
日本と韓国だけのようで、他の国は、独立記念日=建国の日になっています。
日本は、紀元前660年神武天皇が即位したとされる日を、その建国の日に定めていますが、
この事も凄くて、他国の大部分は西暦1700年以降の事。
紀元前から国が、今まで続いて在るなんて日本だけです。
いかに島国であり、いかにほぼ単一民族であるか(勿論純粋な倭人は少ないでしょうが)が判ります。

昨今、この他国に比べて気の遠くなるほどの長い日本の歴史の中の事が、様々に言われていますが、
『 歴史は、残念なことに、かつては容認され適切だと考えられていたことが、
 不届きで下劣であるとさえみなされるようになった事例に満ちています。 』
この言葉がそのまま当てはまると思う愚僧なのです。

ただ日本の基本・基礎は、その長い歴史の中で、初めての法治国家となるべき勤めた、
聖徳太子の<十七条憲法>に現れています。
長文になりますが、愚僧の気になる部分を抜粋します。

一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。
人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。
それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。
しかし上の者も下の者も協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、
おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就するものだ。

四にいう。政府高官や一般官吏たちは、礼の精神を根本にもちなさい。
人民をおさめる基本は、かならず礼にある。上が礼法にかなっていないときは下の秩序はみだれ、
下の者が礼法にかなわなければ、かならず罪をおかす者が出てくる。
それだから、群臣たちに礼法がたもたれているときは社会の秩序もみだれず、
庶民たちに礼があれば国全体として自然におさまるものだ。

五にいう。官吏たちは饗応や財物への欲望をすて、訴訟を厳正に審査しなさい。
庶民の訴えは、1日に1000件もある。1日でもそうなら、年を重ねたらどうなろうか。
このごろの訴訟にたずさわる者たちは、賄賂(わいろ)をえることが常識となり、
賄賂(わいろ)をみてからその申し立てを聞いている。
すなわち裕福な者の訴えは石を水中になげこむようにたやすくうけいれられるのに、
貧乏な者の訴えは水を石になげこむようなもので容易に聞きいれてもらえない。
このため貧乏な者たちはどうしたらよいかわからずにいる。
そうしたことは官吏としての道にそむくことである。

九にいう。真心は人の道の根本である。何事にも真心がなければいけない。
事の善し悪しや成否は、すべて真心のあるなしにかかっている。
官吏たちに真心があるならば、何事も達成できるだろう。
群臣に真心がないなら、どんなこともみな失敗するだろう。

十にいう。心の中の憤りをなくし、憤りを表情にださぬようにし、
ほかの人が自分とことなったことをしても怒ってはならない。
人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。
相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。
自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだというわけではない。皆ともに凡人なのだ。
そもそもこれがよいとかよくないとか、だれがさだめうるのだろう。
おたがいだれも賢くもあり愚かでもある。
それは耳輪には端がないようなものだ。
こういうわけで、相手がいきどおっていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかとおそれなさい。
自分ではこれだと思っても、みんなの意見にしたがって行動しなさい。

十五にいう。私心をすてて公務にむかうのは、臣たるものの道である。
およそ人に私心があるとき、恨みの心がおきる。恨みがあれば、かならず不和が生じる。
不和になれば私心で公務をとることとなり、結果としては公務の妨げをなす。
恨みの心がおこってくれば、制度や法律をやぶる人も出てくる。
第一条で「上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議しなさい」といっているのは、
こういう心情からである。

十六にいう。人民を使役するにはその時期をよく考えてする、とは昔の人のよい教えである。
だから冬(旧暦の10月~12月)に暇があるときに、人民を動員すればよい。
春から秋までは、農耕・養蚕などに力をつくすべきときである。人民を使役してはいけない。
人民が農耕をしなければ何を食べていけばよいのか。
養蚕がなされなければ、何を着たらよいというのか。

時代がいくら変わっても、どこかしらにこの考え?教えが残っているからこそ、
戦乱や自然災害を受けながらも、世界各国から尊敬の念を受ける、今の日本人の道徳・行動があり、
今の時代の繁栄があるのだろうと思います。
しかしながら、今の時代の戒めになる内容ばかりです。
長い歴史を通しても、人間の質?は、あまり変わりが無いのか知らん?(笑)

ハハハ・・・暇に乗じて、浅学無智な愚僧が考えた事でした(大汗)

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